ランサムウェア攻撃の過半は週末・休日に発生する。人手不足の時代に、人に依存した夜間体制がなぜ構造的に手薄になるのか。

2024年6月8日午前3時30分。KADOKAWAグループのデータセンターで、ニコニコ動画をはじめとする複数サービスに障害が発生しました。この障害がランサムウェア攻撃によるものと判明したのは、午前8時前後。深夜に最初の兆候が現れてから、組織として「攻撃」を認識するまでに数時間を要しています。
この「数時間」は、KADOKAWAだけの問題ではありません。多くの日本企業が、深夜や休日に同じ空白を抱えています。本稿では、その空白がなぜ生まれるのか、そしてなぜ「MSSPへの外部委託」だけでは埋まらないのかを、データをもとに考えます。
「MSSPに任せれば24時間安心」は本当か
24時間365日の監視が必要な企業にとって、自社で夜勤シフトを組むのは現実的ではありません。3交代制のSOCを維持するには最低でも10名前後の専任人材が必要とされ、採用も定着も困難です。だからこそ「夜間・休日はMSSP(マネージドセキュリティサービス)に委託する」という選択が業界標準になってきました。
しかし、ここには見落とされがちな前提があります。MSSPもまた、同じ人材市場から人を採用しているという事実です。
(ISC)2の「Cybersecurity Workforce Study 2024」によれば、世界のサイバーセキュリティ人材ギャップは480万人に達し、前年比19%増。一方で人材プール自体の伸びはわずか0.1%でした。日本国内でも、IPAや経済産業省の資料ではセキュリティ人材が約11万人不足しているとされています。委託先を変えても、人材不足という構造からは逃れられません。
その結果、何が起きているか。Semperisの「2025 Ransomware Holiday Risk Report」によれば、世界の企業の78%が夜間・週末・休日にSOC要員を50%以上削減しており、6%は時間外を完全に無人化しています。「24時間監視」という契約の裏側で、夜間帯の一次トリアージは日中より薄い体制で回されているのが実態です。
攻撃者は「手薄な時間帯」を知っている
攻撃側は、この非対称性を正確に突いてきます。
同じSemperisの調査では、実際のランサムウェア攻撃の52%が週末・休日に発生しています。Cybereasonの調査でも、2024年に対応した事案の7割超で、暗号化の開始時刻が18時から翌朝8時の間に集中し、3割は週末に開始されていました。防御側の人員が最も薄くなる時間帯と、攻撃の実行時間帯が重なっているのです。これを偶然と見るのは難しいでしょう。
しかも、攻撃は「発生してから考える」時間を与えてくれません。Mandiantの「M-Trends 2025」によれば、侵入から発見までのdwell timeの中央値は11日で、侵入の45.1%は1週間以内に発見されています。裏を返せば、攻撃者は侵入後、数日のうちに目的を達成しようと動くということです。2025年のアスクルの事例のように約4カ月半潜伏するケースもある一方、最終段階の暗号化やデータ窃取は、深夜の数時間で一気に実行されます。IBMの調査では侵害の特定から封じ込めまで平均241日を要しており、初動の遅れは後工程のすべてに響きます。
深夜3時のアラートに対して「翌朝、担当者が出社してから確認する」体制は、攻撃者に数時間の自由行動を許すことと同義です。
問題はMSSPではなく、「人に依存した体制設計」そのもの
ここまでの話を「MSSPが手を抜いている」と読むのは誤りです。MSSPのアナリストは限られた人員で膨大なアラートに向き合っており、その専門性の価値は変わりません。
本質的な問題は別のところにあります。人が足りない時間帯に、人に依存した一次対応フローを維持しようとしているという、体制設計そのものの矛盾です。
夜間のアラート対応は、典型的にはこう流れます。監視ツールが検知→MSSPのアナリストが一次トリアージ→重大と判断されれば顧客側担当者へ電話やメールでエスカレーション→担当者が起きて状況を把握し、対応を判断→実際の遮断・無効化を実行。この各ステップに「人の待機」が挟まっており、どこか一つが薄くなれば全体が遅延します。夜間・休日は、そのすべてが同時に薄くなる時間帯なのです。
「結局、深夜に人が動かなければ意味がないのでは」への答え
ここで当然の疑問が出ます。「AIを入れても、アラートを上げるだけなら同じでは。深夜に人が対応しなければ意味がない」――この疑問は正しく、実際、検知や通知の高度化にとどまるツールでは空白は埋まりません。
鍵になるのは、一次調査からトリアージ、そして初動の封じ込めまでを、人の待機を前提とせずに完結できるかです。
ヤグラのAI SOCは、自社で保有するSIEM・データレイク基盤の上でAIエージェントが動作します。アラートが上がると、AIエージェントが関連ログを横断的に調査し、影響範囲と重大度を評価したうえで、必要と判断すればAPIを横断して初動封じ込め――不審なアカウントの無効化や通信の遮断など――までを秒〜分単位で実行するよう設計されています。深夜3時30分のアラートに対して、人が起きて判断するまでの数時間を「無防備な空白」ではなく「封じ込め済みの状態で人の判断を待つ時間」に変える。これが、トリアージ止まりのAIとの違いです。
これは「MSSPの夜間要員をAIに置き換える」話ではありません。人手不足を前提に組まれた体制設計そのものを、AIを組み込んで作り変えるという転換です。
AIに任せてよい領域と、人が担い続ける領域
同時に、誇張は避けるべきです。「AIに任せれば夜間も完全に安心」ではありません。
AIの一次トリアージにも誤判定のリスクは残ります。重大度が高いと判定されたインシデントや、事業影響を伴う判断――たとえば基幹サービスの停止を伴う対応――については、人間へのエスカレーション経路、すなわちオンコール体制は引き続き必須です。AIが担うのはあくまで一次調査・トリアージ・初動封じ込めであり、最終判断と複雑なインシデントの指揮は人の領域です。
見方を変えれば、これは人とAIの合理的な分業です。夜間帯の即応性はAIが担保し、人は誤検知の海から解放されて、日中の高度な分析・判断・改善に集中する。人材が構造的に不足する以上、限られた専門人材をどの業務に配置するかこそが、体制設計の中心的な問いになります。
まとめ:「誰に委託するか」から「どういう構造で回すか」へ
夜間・休日のSOC体制が回らないのは、委託先の努力不足ではなく、人材不足の時代に人依存のフローを維持しようとする構造の問題です。攻撃の過半が週末・休日に、暗号化の7割超が夜間に始まるというデータは、防御体制の時間的な偏りが攻撃者に織り込まれていることを示唆しています。
自社の体制を見直す際は、「24時間監視を契約しているか」ではなく、次の問いから始めることをおすすめします。
深夜3時にアラートが上がったとき、最初の封じ込めが実行されるまでに何分かかるか
そのフローの中に「人が起きるのを待つ」ステップがいくつあるか
一次対応が自動化された場合、夜間のオンコールは「例外時のみ」に絞れるか
24時間365日の安心は、人を増やすことでも、委託先を変えることでもなく、時間帯に依存しない対応構造を持つことで初めて実現します。ヤグラは、自社のSIEM・データレイクとAIエージェントを軸に、その構造への転換をご支援しています。
参考文献
(ISC)2 Cybersecurity Workforce Study 2024: https://www.isc2.org/Insights/2024/10/ISC2-2024-Cybersecurity-Workforce-Study
IPA 情報セキュリティ白書2025: https://www.ipa.go.jp/publish/wp-security/2025.html
IBM Cost of a Data Breach Report 2025: https://www.ibm.com/think/x-force/2025-cost-of-a-data-breach-navigating-ai
Mandiant M-Trends 2025: https://cloud.google.com/blog/topics/threat-intelligence/m-trends-2025/
Semperis 2025 Ransomware Holiday Risk Report: https://www.semperis.com/ransomware-holiday-risk-report/
Cybereason調査(HIPAA Journal掲載): https://www.hipaajournal.com/threat-actors-time-attacks-reduced-vigilance/
KADOKAWA お知らせ(2024年6月): https://www.kadokawa.co.jp/topics/12088/
アスクル プレスリリース(2025年): https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000500.000021550.html





