Insight
2025年8月16日
生成AI(LLM)は、「仕様を伝えれば、少しずつ違うコードを大量生成できる」環境を攻撃側に与えました。結果として、防御側が“1つの検体を深く理解してから対処する”従来の前提は崩れ、同系統の別亜種が次々と到来します。 この“検知の疲弊”はツールの優劣だけでは説明できません。観測(テレメトリ)の粒度と保持、標準プロセス、そして検知の継続改善(Detection as Code)。これらの設計が伴わない限り、誤検知と見逃しの両方が増え、チームは燃え尽きます。 本稿は、日本の法人組織(情報システム/セキュリティ部門)で今日から着手できる、実務の設計図を提示します。具体的には以下の3点を軸に据えます。 可観測性の整備(何を・どの粒度で・どれだけ保持するか) 分析プロセスの標準化(Triage→Enrichment→仮説→調査→判定/封じ込め→事後学習) Detection as Code(ルールのCI/CD、週次チューニングSLA)
1. いま何が起きているのか——“検知劣化”の正体
1-1. 変化した攻撃の生産関数
攻撃者は「書く」から「生成させる」へ。プロンプトで難読化・API呼び出し・構成の小差を織り込み、半自動のバリアント量産が可能になりました。
変異速度 vvv と ルール更新周期 TTT の積が1を超えると(更新までに新亜種が大量流入)、運用はすぐに押し負けます。
1-2. シグネチャ中心が疲弊する理由
偽陽性の膨張:曖昧に広げたルールが正常系を巻き込み、アラート密度が跳ね上がる。
偽陰性の増加:厳格にすると見逃しが増え、MttD(検知までの時間)が延びる。
人力最適化だけでは限界。観測の質と運用のSLAを更新する必要があります。
1-3. 3つのボトルネック
シグネチャ飽和:優先度や排他条件が未整備でノイズが増幅。
相関の断絶:EDR・メール・ID・ネットの時刻/命名/スキーマ不統一。
チケット詰まり:Triage→調査のRACIが曖昧で、属人化。
2. 可観測性の設計図——“見えるようにする”が最初の防御
2-1. テレメトリ5階層(まずは相関の主役を押さえる)
エンドポイント:プロセス生成・親子関係、ScriptBlock、AMSI、モジュール読み込み
ネットワーク:DNS/DoH、HTTPメタ、JA3/JA4、NetFlow
ID/認証:成功/失敗、MFA、Impossible Travel、権限昇格
コンテンツ:メール(From/Reply-To/Message-ID/添付ハッシュ)、生成AI出力監査
クラウド/アプリ:API呼び出し、ジョブ実行、ストレージ操作
相関キー(
host_id / user_id / message_id / request_id / sha256
)が作れるかを採否の第一基準に。
2-2. 粒度と保持期間(“全部”ではなく“相関に必要な最小”)
推奨保持:Endpoint 90日、Network/ID/Mail/Cloud 180日。
方針:メタ優先+オンデマンド復元(全文保存はサンプル採取)。
2-3. スキーマ統一と時刻同期
正規化:ECS/OCSFへ“寄せる”レイヤを一段用意。
時刻:保存はUTC(可視化だけJST)。5秒超のスキューをアラート。
2-4. “相関ファースト”ダッシュボード(週次SLAで回す)
アラート密度(上位5ルール)/偽陽性TOP10
未相関イベント率/カバレッジ(導入・送信・正規化)
時刻スキューMAP(>5秒を自動修復キューへ)
3. 分析プロセスの設計図——“対応できるチーム”の作り方
3-1. 全体フロー
Intake/Triage → Enrichment(自動) → 仮説立案 → 調査 → 判定/封じ込め → 事後学習
3-2. Triage(最初の10–15分)
重複抑制・許可リスト照合・影響半径・信頼度をチェック。
SLA目安:S3は15分以内に封じ込め判断、S2は30分以内に追加収集開始。
3-3. Enrichment(自動化で“文脈”を埋める)
端末・ユーザー・ネット・メール・クラウドの不足フィールドを機械で取得し、空欄のまま人に回さない。
3-4. 仮説立案と調査
観測→仮説→検証/反証を300字で記述し、検索式まで書く。
時間箱(S3/S2は15–30分)で一度必ず戻る。
3-5. 判定/封じ込め/事後学習
封じ込め標準:EDR隔離、ドメイン/IPブロック、トークン失効、メール巻戻し、キー回転。
学習の成果物:エビデンスパック、検知改善チケット、KB記事、回帰テスト。
SLA:24時間以内にKBドラフト、7日以内に回帰テスト反映。
3-6. RACI(例)
CSIRT(A)/SOC L1・L2(R)/MDR・ベンダ(C)/IT(R)/法務・広報(C/I)。
S3は「10分応答/30分封じ込め提案」を共通言語に。
4. 検知エンジニアリング——“Detection as Code”で回す
4-1. リポジトリ設計
/sigma
/yara
/allowlists
/tests
/datasets
/pipelines
/metrics
/docs
各ルールにowner
precision_baseline
rollout(shadow|canary|global)
を付与。
4-2. CI/CD
PR → Lint/Schema → 合成データでユニットテスト → 影響予測 → Shadow → Canary → Global
Canaryでアラート密度が閾値超過なら自動ロールバック。
4-3. 指標と週次SLA
Precision/Recall/半減期/アラート密度/MttD・MttR/回帰テスト網羅率。
週次でノイズTOP10を必ず処理し、偽陰性を最低1件回帰テスト化。
5. 役割分担と連携——ツールは“点”ではなく“線”
5-1. 役割分担の要点
EDR:実行と隔離、即応。
SIEM:横串相関と時間軸。
UEBA:逸脱の早期兆候。
Sandbox:未知/亜種の挙動評価。
Mail GW/CASB・DLP/IdP:初期侵入遮断・データ抑止・強制MFA/トークン失効。
5-2. 相互フィードの最低3系統
EDR→SIEM→Mail GW:端末実行を起点に全社メール巻戻し。
Mail GW→Sandbox→SIEM→EDR:High判定でレトロ狩り→隔離。
UEBA→IdP→CASB:Impossible Travel+不審通信で強制MFA/共有停止。
6. よくある落とし穴と“神話”
「AIがあれば全部検知できる」→相関キー×保持×更新SLAが揃わなければ劣化。
「ルールは長持ち」→亜種の洪水で半減期は短い。週次小改修が前提。
「ダッシュボードを増やせば良い」→JOINできなければ**“眺める仕事”**が増えるだけ。
即日〜90日の最小ToDo
即日:
host_id/user_id/message_id/request_id/sha256
を必須フィールド化、時刻同期5秒以内。30日:正規化レイヤ整備、Detection as Code導入、RACIとロールバック条件を明記。
90日:DNS/認証フル保持、資産DB×IdPの一意連携、パープル演習の四半期化。
7. 上級者向けヒント
**ラベル付き事例集(KB)**を“プロダクト化”(新人でも再現できる粒度で)。
攻撃経済性:封じ込め遅延コストと運用投資を同じ単位で提示。
計測可能な自動化:発火率/ロールバック成功率をKPIに。測れない自動化は入れない。
8. FAQ(注目スニペット最適化)
Q1. LLMが量産する亜種にEDRは有効ですか?
有効です。観測の粒度(プロセスツリー/DNS)と更新SLAが鍵。Shadow→Canary→Globalで週次に小改修を回すとPrecision劣化を抑えられます。
Q2. まず何から始めれば良い?
相関キーの必須化、時刻同期、アラート密度TOP10の整理。30日で検知CIの最小セットを導入します。
Q3. UEBAとSIEMの違いは?
UEBAは逸脱、SIEMは相関が得意。UEBA高スコアをSIEMの時間軸に重ねると横移動の確度が上がります。
Q4. 保持はどのくらい必要?
目安はEndpoint 90日、DNS/認証/メール/クラウド 180日。メタ優先+オンデマンド復元でコストを抑えます。
Q5. 自動封じ込めは危険では?
Canary配信と解除条件をセットにすれば安全に導入可能。誤爆時のロールバックTATをKPI化します。
9. 結論と次の一手(ブランド想起型CTA)
生成AIは攻撃のスケールを変え、検知の半減期を短くしました。勝負は、可観測性×標準プロセス×Detection as Code。週次の小改修と学習の閉ループが、疲弊スパイラルを学習サイクルへ変えます。
今日からの3アクション
相関キー必須化と時刻同期の一本化(>5秒スキューは即是正)
アラート密度TOP10の「停止/弱体化/維持」を今週中に決裁
Shadow→Canary→Globalの3段階展開を検知CIでスタート
関連記事: ソーシャルエンジニアリング
軽いお知らせ:Yaguraは、生成AI由来の攻撃(文章・音声・映像・コード)に特化し、コンサル+ソフトウェアで防御アーキテクチャの実装をご支援しています。