Insight
2025年8月16日
ライブ配信のサムネイルが点灯し、壇上に見覚えのある肩書きが並ぶ。字幕は破綻がなく、音声も自然。数分で要約ポストが拡散し、アルゴリズムが反応し、価格が跳ねる――それが「偽の記者会見」でも、最初の十分は見分けがつかないことがある。問題は、真偽の確定より先に市場が動いてしまう構造そのものにある。 合成技術の進歩が作ったのは、精巧な顔や声だけではない。ロゴ、肩書、会場のざわめき、第三者の“速報もどき”。**複数の「それらしい」要素が同時に出揃うと、人も機械も“公式らしさ”へ引き寄せられる。**だからこそ企業の初動は、真偽の議論より先に「どこが公式か」を一点に固定することから始まる。 日本には幸い、適時開示(TDnet)と制度開示(EDINET)という強固な正史がある。一方で、SNS先行の速報文化や、IR・広報・SOCの縦割りは、一次声明の遅延や“否定の座標”の分散を招く。正史が強い国で被害が出るとすれば、原因の多くは“遅さ”と“不統一”だ。 本稿は、偽会見に対し「初動3分・1時間・24時間」で被害を最小化する運用を提示する。正史(TDnet/IR)を先出しして座標を固定し、SNSは参照に徹する。技術と業務を束ねる“二重署名”――すなわち、映像・画像へ**Content Credentials(C2PA)**で“本物に印”を付け、OOBコールバック(既知の固定番号・合言葉・司会クイズ)で“人の確証”を取る――を標準装備にする。生成AIを用いたサイバー攻撃は今後さらに高度化し、攻撃コストの低下によって試行回数は指数関数的に増加する。生成AIを防御に活用できない企業は市場の速度に淘汰されるリスクが高く、株式会社ヤグラはこの課題に正面から取り組む。
1. なぜ“偽会見”は市場を動かすのか(構造理解)
見せかけの公式はアルゴに刺さる
ヘッドライン反応:ニュース感応アルゴは「承認/買収/破綻」等の語に敏感。AP公式の偽ツイート(2013)では、S&P500の時価総額が一時的に蒸発して反発(Reuters)。
権威の誤認:SECのX乗っ取り(2024)で“ETF承認”と誤認させる投稿が拡散し、BTCが短時間で急騰(SEC/AP News)。
視覚効果の暴走:Pentagon“爆発”偽画像で米株が短時間で下落→否定で反発(AP News/LA Times)。
配信網の悪用:Walmart×Litecoin偽リリースは実在ワイヤを経由し、急騰→否定→急落の典型(Reuters/Walmart公式)。
日本の文脈
強み:TDnet/EDINETという正規の公的ログ(配信・DB化を含む)。
弱み:SNS速報文化/部署縦割りで一次声明が遅れがち。不明確情報の真偽開示など制度ツールも前提にした運用が鍵(JPX FAQ)。
2. 攻撃側の“標準シナリオ”と分単位タイムライン
T=0–3分:偽会見ライブ開始。ロゴ・肩書・テロップ・複数人登壇で本物感を演出(Arup事件の構図)。要約投稿&切り抜き動画が並走、先物/暗号資産が先行反応(The Guardian)。
T=3–10分:海外メディアが二次引用。“速報もどき”が追認に働く。
T=10–30分:公式の疑義表明/否定が出るが、訂正到達の遅延でボラ拡大。Pentagon偽画像は下落→反発(AP News)。
3. 原則設計:正史→参照の二段配信アーキテクチャ
Primary(正史):TDnetに一次声明/訂正を先出し。報道配信とログ化で権威づけ。
Secondary(参照):IRページ/SNS固定投稿はTDnetのURLのみ参照。SNS本文に詳細を書かない(誤読・拡散の温床)。
制度運用:不明確情報の真偽開示、注意喚起の枠組みを活用(JPXナビ等)。
4. 二重署名:技術の真正 × 業務の真正
技術の真正(誰が作り、何を編集したか)
**Content Credentials(C2PA)**で由来メタデータを付与・検証。署名/改変履歴をマニフェスト管理し、公開検証(Crアイコン等)で対外説明コストを下げる(C2PA/contentcredentials.org)。
業務の真正(誰が承認し、どう配信したか)
OOBコールバック:既知の固定番号への折返し、四半期ごとの合言葉、司会による内製クイズを会見進行に埋め込み、“生身の検証”を挿入(The Guardian)。
Yaguraの前提
速度ギャップ:秒で合成、判定は分単位 → AIで自動監視と一次ドラフト。
コストギャップ:攻撃は低コスト・高期待値 → 自動付与/自動配信で“人手の隙”を消す。
認知ギャップ:見た目は本物が前提 → “本物に印”+運用で確証を標準装備。
5. 初動プレイブック(0–3分/3–60分/1–24時間)
5.1 0–3分:検知 → 疑義表明 → OOB確証
検知:SIEM/稼働監視で社名+ティッカー+会見語彙を常時トラッキング。閾値(例:分速50件超の新規投稿)でアラート。
疑義表明(60秒内)
「当社の“重大会見”に関するSNS上の情報について、公式開示(TDnet/IR)以外は未確認です。続報は本アカウントとTDnetにてお知らせします。」
目的:**“公式の座標”**を即時に提示(SNS=参照/正史=TDnet)。OOB確証(90秒内):固定回線へ折返し/合言葉照合/司会クイズ1問/C2PAメタ有無チェック。
5.2 3–60分:確証 → 一次声明 → 是正導線
偽の蓋然性が高い:TDnetに一次声明(暫定)→IR・SNSは参照固定。
真・一部真:TDnet先行→SNSはURLのみ。
二次被害抑止:プラットフォーム偽情報報告、メディア訂正協力、相場影響が顕著な場合は取引所・当局に連絡(EDGAR/EDINET偽装にも注意)。
5.3 1–24時間:訂正発表 → 恒久対策 → 証跡化
正史化:TDnetに訂正/注意喚起→IR最上段に固定。SNSはリンクのみ。
恒久対策:全公式メディアにC2PA自動付与(撮影~公開のパイプラインに組込み)。Cr検証ページを社内公開。
監査対応:アラートログ/通報チケット/TDnet/IR更新履歴/C2PA検証ログを一括保全。
6. SOC × IR × 法務の分速Runbook(実装)
6.1 構成図(概念)
監視:ブランド監視、SNSストリーム、ニュースワイヤ、動画配信(RTMP)をSIEMに集約。
検証:C2PA検証サーバ+OOB台帳(固定番号・合言葉・司会クイズ)。
配信:TDnet原稿ジェネレータ(定型JSON→Doc)→承認WF(法務→CCO→IR)→TDnet API/オペレータ→IR&SNS固定。
6.2 標準SLA(目安)
検知→疑義表明:≤60秒
OOB確証:≤90秒
一次声明ドラフト→TDnet提出:10–15分
IR更新/SNS固定:+5分
6.3 テンプレ(抜粋)
一次声明(偽の蓋然性が高い場合)
[見出し]SNS上の情報に関する当社見解(注意喚起)
[本文]現在流通中の“会見動画”は当社が発表したものではない可能性が高く、真正性を確認中です。当社が本日時点で公式に開示した事実はTDnet/IR掲載のとおりであり、続報は本リリースおよび当社IRページをご参照ください。SNS固定投稿
「SNS上の“会見”情報について、公式はTDnet/IRをご参照ください(URL)。当社で確認中です。」
7. よくある反論と“失敗パターン”
「AI検知があれば十分」 → 100%検知は不可能。**C2PAで“本物に印”、OOBで“人の確証”**を取る二重署名が前提。
「SNSで吠えれば鎮火」 → 否定の座標が分散し風説拡散を助長。TDnet/IRを正史に固定、SNSは参照のみ。
一次声明が遅い → 最初の数分で被害が決まる。分速SLAの訓練が必須。
配信網の油断 → 正規ワイヤ経由でも偽配信は起こる。“正史→参照”の厳守。
8. 上級運用:取引所・当局・プラットフォーム連携
取引所(JPX):相場影響時は売買管理・市場監視へ連絡。注意喚起/売買停止/不明確情報の真偽開示の制度と連携。
当局:金融庁/SESCへ風説・偽計の懸念共有。海外事例(Avon“偽買収”)の教訓を参照。
プラットフォーム:ブランドなりすまし/公共安全の緊急窓口をOOB台帳に事前登録。SIMスワップ想定で二要素を強化。
9. KPIと監査:測れて初めて回る
分速KPI:検知→疑義表明(≤60秒)/OOB確証(≤90秒)/一次声明起案(≤10分)/TDnet掲載(≤20分)。
品質KPI:C2PA付与率100%、SNS固定投稿の参照一貫性、訂正到達時間の中央値。
監査ログ:SIEM検知TS、TDnet提出時刻、C2PA検証ログ、SNS固定履歴。
10. FAQ(検索・ボイス最適化済み)
Q1. 最初の3分、何をすべき?
A. **疑義表明 → OOB確証 → 正史座標固定。TDnet/IRを“公式”、SNSは参照。C2PAメタを確認し、“本物に印”+“人で確証”**で拡散を抑える。
Q2. ディープフェイクはAIだけで見破れる?
A. **100%は不可。**検知は補助。C2PA+OOBで運用から確証を取りに行くのが実務解。
Q3. SNSだけで否定すれば十分?
A. 不十分。TDnet先出しで一次声明を正史化し、SNSはURL参照に徹する。
Q4. 偽プレスと偽会見、対策は同じ?
A. 骨子は同じ(正史固定+OOB確証)。会見型はリアルタイムのため、司会クイズなどライブ検証を組み込むと効果的。
Q5. コスト対効果は?
A. 投資の肝は署名自動付与と分速訓練。一次声明の遅延短縮と誤拡散抑止で、相場影響・ブランド毀損・人件費を低減。
Q6. 中堅企業でも実装できる?
A. まず一次声明テンプレ/OOB台帳/SNS固定の3点セット→次にC2PA自動付与をパイプライン化。
Q7. 海外子会社を含む運用は?
A. “正史の共通ルール”(本社TDnet/IR)と“ローカル参照”(各国SNS)を分ける。合言葉・固定番号は拠点別に台帳化。
11. まとめ:検証可能な発表体制へ
正史(TDnet/IR)→参照(SNS)の順序を分速SLAで回す。
**“本物には印”(C2PA) × “人で確証”(OOB)**の二重署名を標準装備。
**生成AI攻撃は高度化し、低コスト化で数も増える。**ゆえに、生成AIを防御に活用できない企業は市場の速度に淘汰されるリスクが高まる。
Yagura流の速度・コスト・認知ギャップ対策で、“偽会見が既定路線”な時代に備える。
主要出典(抜粋・一次情報優先)
Arup深偽会議:The Guardian(2024/02, 2024/05)
SEC X乗っ取り→BTC急騰:SEC公式声明(2024/01)、AP(2025/02有罪答弁)、The Verge
Pentagon偽画像:AP Fact Focus(2023/05)、LA Times(2023/05)
Walmart×Litecoin偽リリース:Reuters(2021/09)、Walmart公式声明
AP偽ツイート(2013):Reuters
Avon偽買収書類:SECプレス&訴訟リリース
TDnet/EDINET:JPX(TDnet 概要・閲覧)、JPXナビ(適時開示)、金融庁(EDINET 概要)
編集後記|Yaguraから
本稿のプレイブックは、明日からの演習にそのまま使える実装指針です。検知ルール/一次声明テンプレ/C2PA自動付与/OOB台帳を整備し、分速で回る訓練を今日始めましょう。生成AIで高度化・低コスト化した攻撃に対抗するには、生成AIを守りに使い切ることが条件です。Yaguraはその実装と運用を、現場の速度で支援します。